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科学基礎論学会奨励賞

本学会では、若手研究者育成のため、優れた論文の著者を対象にした奨励賞を設けています。
例年、選考要項は4月頃に発表となり、選考結果は11月頃に発表されます。

過去の奨励賞選考結果

2022年度奨励賞選考結果

本学会奨励賞選考委員会(2023年9月15日開催)並びに理事会(9月20日開催)において、2022年度奨励賞授賞者として黒瀨聡氏(旧姓野村聡氏)が選ばれました。受賞対象となった論文は、「科学的理解の観点から見た有機電子論」(『科学基礎論研究』第50巻1号掲載)です。黒瀨氏には11月25日に開催された秋の研究例会の奨励賞授賞式において、賞状並びに副賞が授与されました。以下、選考過程と授賞理由を記します。

選考過程報告

1.選考過程
 2022年度科学基礎論学会奨励賞選考委員会は2023年9月15日(金)、オンラインで開催されました。選考対象になったのは2022年度に発行された「科学基礎論研究」第50巻第1号に掲載された論文のうち、奨励賞の受賞条件を満たす4編でした。
 奨励賞選考委員会の出席者は秋葉剛史委員、大塚淳委員、佐野勝彦委員、東克明委員、横山幹子委員そして委員長太田の6名でした。オブザーバーとして、菊池誠理事長が加わりました。選考委員会開催に先立ち、会員から推薦を募りましたが、今回推薦はありませんでした。
 本委員会では審査対象になった4編の論文を検討したところ、最終的に、黒瀨聡氏の論文「科学的理解の観点から見た有機電子論」が受賞に値するという点で一致しました。この結果は後日の理事会において報告され、承認されました。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 黒瀨氏の論文が主題とするのは、量子化学の発展した現代においても、説明力や正確性の点で劣る有機電子論が使用され続けるのはなぜかという問いです。そして当論文は、この問いに対して、De Regtが提唱する「科学的理解」という観点を援用しつつ分析を試みるものです。とくに本論はそうした科学的理解をもたらす特徴として「構築可能性」という概念を提唱し、有機電子論は有機化合物を要素「部品」からなる構成物として捉えることを可能にするという点において、他の理論にはない固有の認識論的価値を有する、と結論付けます。
 選考委員会においては、当論文では他の分野の専門家にも理解できるよう明解な論述が与えられているだけでなく、科学哲学の諸研究を踏まえつつも、それを超えて新規性の高い議論に踏み込んでいるという点で、当論文が一貫して高い評価を得ました。化学における実践を哲学的観点から再記述するだけではなく、なぜ他でもなく特定の理論が使われるのかという理由をめぐる問いに対して真正面から答えようとし、またそのために有機電子論という事例を効果的に利用していることが、本論文の特徴だと言えるでしょう。また本論文は、「化学の哲学」における取り組みとして、我が国ではいまだ希少な研究成果としても評価されました。以上の理由から、本論文を受賞論文とするに至った次第です。
 なお選考委員会では、今回候補となった他のどの論文についても、それぞれの学問文脈に応じた価値を持つものと評価されました。とりわけ、今村拓万氏の論文「McLaughlin–Millerの運動モデルの位相的側面」が、その分析視点の興味深さや数学的な精緻さ、および今後の発展性などの点において高く評価されたことを申し添えます。

選考委員会
委員長 太田紘史
委 員 秋葉剛史、大塚淳、佐野勝彦、東克明、横山幹子

2021年度奨励賞選考結果

本学会奨励賞選考委員会(2022年9月18日開催)並びに理事会(9月27日開催)において、2021年度奨励賞授賞者として高谷遼平氏、秋葉剛史氏が選ばれました。受賞対象となった論文は、「合成性はいかなるいみで必要なのか―非同義性の直観と代入原理に基づく方法論的論証―」(『科学基礎論研究』第49巻1号掲載)、「性質間の実現関係と特殊科学の自律性」(『科学基礎論研究』第49巻2号掲載)です。高谷氏と秋葉氏には11月6日に開催された秋の研究例会の奨励賞授賞式において、賞状並びに副賞が授与されました。以下、選考過程と授賞理由を記します。

選考過程報告

1.選考過程
 2021年度科学基礎論学会奨励賞選考委員会は2022年9月18日(日)、オンラインで開催されました。選考対象になったのは2021年度に発行された「科学基礎論研究」第49巻第1号と第2号に掲載された論文のうち、奨励賞の受賞条件を満たす6編でした。
 奨励賞選考委員会の出席者は田中泉吏委員、佐野勝彦委員、横山幹子委員、東克明委員そして委員長小山の5名でした(太田紘史委員は当日欠席でしたが、事前に意見書を提出していました)。選考委員会開催に先立ち、会員から推薦を募りましたが、今回推薦はありませんでした。
 委員会では審査対象になった6編の論文を検討しました。これらの論文はいずれも優れたものであり、どれも受賞に値するという点で委員の中に異論はありませんでしたが、特に複数の委員からの支持を集めた3編の論文が議論の中心となりました。最終的に、秋葉剛史氏の「性質間の実現関係と特殊科学の自律性」(以下、秋葉論文)と高谷遼平氏の「合成性はいかなるいみで必要なのか—非同義性の直観と代入原理に基づく方法論的論証—」(以下、高谷論文)の2編が奨励賞にふさわしいという判断になりました。この結果は後日理事会で報告され、承認されました。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 秋葉論文は、科学哲学・科学基礎論の中心問題の一つと言ってもよい「特殊科学の自律性は物理主義(的世界像)と両立可能か」という問題に対して、特殊科学の性質が(物理学的性質を含む)それより低次の性質に対してもつ依存関係(すなわち、性質間の実現関係)を適切に特徴づけることで、これらが両立する基本的・一般的仕組みを解明することを目指したものです。実現関係の適切な特徴づけを通じて特殊科学と物理主義の両立可能性を説明する、という方針自体はS. シューメーカーらが提唱する「サブセット説」が広く知られていますが、近年E. ファンクハウザーがサブセット説を批判して代案を展開しています。秋葉論文は、サブセット説を改訂することでファンクハウザーの批判に応える、というものです。
 秋葉論文は、科学哲学と形而上学にまたがる内容でありながら、どちらの分野の専門家にも理解できるという極めて完成度の高い論文であり、委員からも高く評価されました。一方で、結論の弱さについての指摘もなされました(具体的には「批判には応えているものの、ファンクハウザーの代案より優っているとは言えないのではないか」という疑念が提起されました)。
 高谷論文は、フレーゲ以来の言語哲学の中心原理の一つである意味の合成性を再検討したものです。意味の合成性は、特に学習可能性や生産性、体系性といった自然言語の重要な性質を説明するために必要だと考えられてきましたが、近年の研究では、そういった説明にとって本質的なのは計算可能性であり、計算可能性から合成性を得ることは可能だが、そのような合成性は空虚であり、意味論の役に立たないという批判がなされています。高谷論文はこの批判を踏まえつつ、合成性は従来考えられてきたような意味論が満たすべき要件なのではなく、同義でないという直観(非同義性の直観)を意味論に組み入れるための手段なのだという別の見方を提案しています。
 高谷論文は、言語哲学の形式的な議論を踏まえた緻密な議論を展開したものであり、合成性という中心原理の新たな見方を提案するという点で野心的なものです。加えて、「新進の研究者を奨励する」という奨励賞の目的に関しては秋葉論文よりもふさわしいという評価を得ました。しかし、議論の見通しの良さやテーマの重要性、また論文の完成度といった面を考えれば、秋葉論文を差し置いて受賞するに値するとまでは言えないのではないか、という指摘もなされました。
 このように秋葉論文と高谷論文は分野も評価された点も異なっており、どちらか1編を受賞論文とするという結論に達することはできませんでした。最終的に、候補者が6名であることを鑑みて、秋葉論文と高谷論文の2編を受賞論文とするという結論になりました。
 また、秋葉論文と高谷論文とともに議論の中心となったもう一つの論文、山田竹志氏の「顕示の要求の擁護―アンスコムの実践的知識論を応用して―」(以下、山田論文)も複数の委員から強く支持され、山田論文も含めた3編を受賞論文とすることも検討されましたが、内規と慣例を尊重し、秋葉論文と高谷論文に絞ることになりました。加えて、山田論文以外の論文についても奨励賞に相応しいと強く支持する委員がいたことも申し添えておきます。

選考委員会
委員長 小山虎
委 員 太田紘史、佐野勝彦、田中泉吏、横山幹子、東克明

2020年度奨励賞選考結果

本学会奨励賞選考委員会(2021年9月19日開催)並びに理事会(9月23日開催)において、2020年度奨励賞授賞者として佐藤広大氏が選ばれ承認されました。受賞対象となった論文は、「行為内意図をめぐって」(『科学基礎論研究』第48巻1号掲載)です。佐藤氏には11月14日にオンライン開催された秋の研究例会の奨励賞授賞式において、賞状並びに副賞が授与されました。以下、選考過程と授賞理由を記します。

選考過程報告

1.選考過程
 2020年度科学基礎論学会奨励賞選考委員会は2021年9月19日(日)、オンラインで開催された。選考対象になったのは2020年度に発行された「科学基礎論研究」第48巻第1号およびAnnals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol. 29に論文が掲載された著者のうち、奨励賞の受賞条件を満たす3名であった。
 奨励賞選考委員会の出席者は北島雄一郎委員、小山虎委員、田中泉吏委員、太田紘史委員、佐野勝彦委員、そして委員長網谷の6名であり、オブザーバーとして岡本賢吾理事長が加わった。選考委員会開催に先立ち、会員から推薦を募ったが、今回推薦はなかった。委員会では審査対象になった3名の論文を検討した。これらの論文はいずれも優れたものと認められたが、取り組んだ問題のスケールの大きさ・議論の着実さ・幅広い読者へのアピールなどのいくつかの評価軸において評価が異なった。ただし、これらの評価軸のうちどれを重視するかについては委員の間で意見が分かれた。しかし議論が進むにつれて、「新進の研究者を奨励する」という本賞の目的に照らしたときに、佐藤氏の論文の主張の明確さ・論証の緻密さ・説明のわかりやすさなどを評価する声が高まり、最終的に全会一致で佐藤広大氏の「行為内意図をめぐって」科学基礎論研究第48巻1号が奨励賞にもっともふさわしいとの結論に至った。後に開催された理事会で、この結果が報告され承認された。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 佐藤氏の論文「行為内意図をめぐって」は、意図的行為の本性にまつわる論争について二つのステージを用意し、それを主に「行為内意図がない意図的行為があるか」という問いへの回答という面から分析する。すなわち論文の前半では1990年代におけるサールとドレイファスの間の論争を分析し、後半ではその結果を土台に現代の行為論における因果説の中心的な論者であるエリザベス・パシェリーの所論を批判する。
 意図的行為とは何だろうか。一つの出発点は意図的行為を「事前に計画された行為」とする見方である。しかしこれには問題がある。というのはとっさに上司に挨拶するときのように、我々は事前の計画なしに意図的行為を行うことがあるからである。これを説明するためにサールは「行為内意図」という概念を導入する。「行為内意図」とは行為をするときにもつ「わたしはある行為をしている」という経験のことである。サールは、とっさの行為でも我々は行為内意図を持つので、それは意図的な行為と呼べるとした。これに対してドレイファスは行為内意図を欠いた意図的行為があると主張する。例えば自然にベッドで寝返りを打つとき、我々は単にベッドなどから感じる力に反応しているだけで、自分が何をしているかを命題的に表象するわけではない。
 サールは主に二つの反論を行う。(一)寝返りを打つ人も、聞かれれば自分が何をしているか答えられる。これはその人が行為内意図を持っている証である。(二)我々はうまく寝返りを打つのに失敗することがあるが、成功・失敗という次元をもつ行為は意図的行為であり、それは(行為内)意図と行為の内容を比較することで決まる。ドレイファスはこれに応答する。まず寝返りについての自己記述は真正の行為内意図の記述ではなく、事後的に措定されたものに過ぎない。また第二点については、上のような意図的行為の成功・失敗は知覚と行為の間に試行錯誤的に(命題的意図を介さずに)調和を求める動きの結果によって決まるのであって、サールのように命題的意図を介在させる必要はない。この論争をこのように記述した佐藤氏は最終的にドレイファスに軍配を上げ、上記二つの論点(一)(二)をサールの「二つのドグマ」と呼ぶ。
 その上で佐藤氏はパシェリーの議論を批判する際にこの「二つのドグマ」を活用する。ここでの主題はパシェリーの「運動意図」という概念である。これはパシェリーが「近位意図」と呼ぶもの(サールの「行為内意図」に相当)と同様に行為を導き監視する機能を持つが、運動意図の方がより低次で素早くかつ非命題的に働く。
 すると「運動意図」はドレイファスの「行為内意図を欠く意図的行為」で働いているものに近いと思われるかもしれない。しかし「意図的行為に運動意図が存在する」ことを主張する際のパシェリーの議論を仔細に見ると、彼女の中にもサールの二つのドグマが見られる。例えばパシェリーによると、運動意図は通常意識に上らないものの、行為の遂行が妨害されると意識に浮上する。しかしこれは上の「第一のドグマ」と同型の直観である。またパシェリーは行為の成功失敗は運動意図の内容と実際の行為内容を比較することによって判定されると述べる。これも上の「第二のドグマ」と並行的である。
 このように佐藤氏の論文は、90年代のサール・ドレイファス論争を分析しつつ、そこからの教訓を現代の行為論の文脈に鋭く適用し議論を前進させている。その説明はわかりやすく、論証は緻密である。また日本の行為論の反自然主義的な傾向を背景とすると、本論文はそれとは異なる方向性への萌芽を見せている。そうした点が選考委員会で高く評価され、本論文が2020年度の奨励賞を受賞するにふさわしいという結論に至った。
 
選考委員会
委員長 網谷祐一
委 員 太田紘史、北島雄一郎、小山虎、佐野勝彦、田中泉吏

2019年度奨励賞選考結果

2020年9月19日開催の本学会奨励賞選考委員会並びに理事会において、2019年度奨励賞授賞者として石田知子氏が選ばれ承認されました。受賞対象となった論文は、「表現型についての遺伝情報は存在するのか―目的意味論の観点から―」(『科学基礎論研究』第47巻2号掲載)です。11月14日にオンライン開催された秋の研究例会の奨励賞授賞式において、賞状並びに副賞が授与されました。以下、選考過程と授賞理由を記します。

選考過程報告

1.選考過程
 2019年度科学基礎論学会奨励賞選考委員会は2020年9月19日(土)、オンラインで開催された。選考対象になったのは2019年度に発行された「科学基礎論研究」第47巻第1号、第2号に論文が掲載された著者のうち、奨励賞の受賞条件を満たす6名であった。
 奨励賞選考委員会の出席者は小山委員、金杉委員、網谷委員、そして委員長黒川の4名であり、オブザーバーとして岡本理事長が加わった。(田中委員は止むを得ない理由により欠席であった。北島委員は当日欠席であったが、事前に意見書が提出されていた。)選考委員会開催に先立ち、会員から推薦を募ったが、今回推薦はなかった。委員会では審査対象になった6名の論文を検討した。書評論文、サーベイ論文は他の論文に比べ独自の議論が少ないということもあり、選考には残らなかった。残った4本のうち、議論のインパクト、独自の論点がどの程度なされているかどうか、他の分野の人間でもそれなりに意義を理解することができるように書かれているかどうか、等の観点により候補は2本に絞られた。さらにその中で専門分野の中で議論がもつ意義、論文としての完成度などについて総合的に考慮した結果、出席した委員全員一致で、石田知子氏の「表現型についての遺伝情報は存在するのか―目的意味論の観点から―」科学基礎論研究第47巻2号(2020)、1-21が奨励賞にふさわしいという判断となった。この結果は同日開催された理事会で報告され、承認された。(最終選考に残らなかった2本については、いずれも委員の評価は高かったものの、狭い意味での専門家以外にも議論の意義が分かるかどうかという点で選考に残った2本には及ばないという評価であった。また最終選考に残った1本については、議論の独自性に加え、その哲学的意義が専門外の読者にも分かるように議論がなされているという点については高評価であったが、応用可能性に若干疑問が付された。)

2.受賞論文の概要と受賞理由
 石田氏の論文「表現型についての遺伝情報は存在するのか−目的意味論の観点から−」は、遺伝子が表現型についての情報を伝えているという、分子遺伝学において従来受け入れられている基本的な考え方に関してその再考を促すものである。本論文ではその論点を主張する際に、「目的意味論」と言われる意味論的な枠組みを採用することによってその議論が展開されている。著者は本論文において、遺伝子が情報を運ぶという考え方は目的意味論の立場からは維持できないが、表現型についての情報を伝えるものは遺伝子そのものではなく、むしろ複数の遺伝子を含むゲノムであると考えることで表現型についての情報が伝達されるというアイデアを維持することができるという議論を展開している。
 本論文の概要は次のようなものである。導入に続く2節では、まず目的意味論について簡単に説明が与えられた後、目的意味論の観点からすると遺伝情報は一般に指令的な志向的表象であることが確認される。また、その観点からなされているシェアの主張、つまり表現型を発言させる効果のために選択されている(いた)遺伝子はその表現型についての情報を運ぶという主張が検討される。特に、遺伝子と表現型の間の関係が多対多になっているとき、具体的には多面表現(遺伝子と表現型が一対多)、ポリジーン(一対多)の場合について、その主張は困難をもつということが指摘される。3節では、表現型についての遺伝情報のシグナルとなるのは遺伝子ネットワークやゲノムの一部ではなく、ゲノムそのものであるという本論文における主要な主張が提示され、しかもこのアイデアは目的意味論の観点から擁護可能であることが議論される。4節では、ゲノムが表現型についての志向的情報を運ぶというアイデアとDNA以外のもの(具体的には、環境、エピジェネティックな制御、細胞質遺伝)が発生に影響を与えるという事実は整合的であることが示される。5節では、表現型についての志向的な情報を担うのはゲノムDNAに限定されるという主張がなされる。
 こうした内容をもつ本論文は、1)議論の仕方が堅実であり、哲学の論文として十分な説得力をもつこと、2)必ずしも狭い意味での専門家でなくともその意義を理解できるような議論がなされていること、3)目的意味論という哲学的な枠組みに準拠した議論により、遺伝情報の担い手は遺伝子というよりもむしろゲノムであるという、専門的にも十分なインパクトのある独自の論点が提出されていること、などの理由により高く評価された。また審査にあたっては、奨励賞の趣旨を踏まえ、著者の論文が昨年度も選考に残っていたこと、著者の議論が分子遺伝学についての高度な知識を背景にしてなされているということも考慮された。以上が本論文の2019年度科学基礎論学会奨励賞の受賞理由である。
 
選考委員会
委員長 黒川英徳
委 員 網谷祐一、金杉武司、北島雄一郎、小山虎、田中泉吏

2018年度奨励賞選考結果

2019年9月29日開催の本学会奨励賞選考委員会並びに理事会において、2018年度奨励賞授賞者として伊藤遼氏が選ばれ承認されました。受賞対象となった論文は、 “The Origin of the Theory of Types” (Annals, Vol.27掲載)です。11月30日に開催された秋の研究例会の奨励賞授賞式において、賞状並びに副賞が授与されました。以下、「選考過程」及び「受賞論文の概要と授賞理由」を記します。

選考過程報告

1.選考過程
 2018年度科学基礎論学会奨励賞選考委員会は2019年9月29日(日)、慶應義塾大学三田キャンパスで開催されました。選考対象となったのは2018年度に発行された『科学基礎論研究』第46巻第1号、およびAnnals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol.27 に論文が掲載された4名でした。
 奨励賞選考委員会の出席者は、網谷委員、金杉委員、北島委員、黒川委員と委員長古田の5名であり、オブザーバーとして岡本理事長と松本学会誌編集委員長が加わりました(当日欠席した鈴木委員は、事前に意見書を提出していました)。委員会に先立ち会員から推薦を募っていましたが、今回は会員からの推薦はありませんでした。委員会では、候補者の論文4篇について検討を行いました。まず、「新進の研究者を奨励する」という奨励賞の目的に照らして、候補者が2名に絞られました。その2名の論文について、考察の明晰性、議論の説得力や広がり、結論の新規性・独創性、先行研究を十分に踏まえていることなどを基準として慎重に協議した結果、最終的に伊藤遼氏の “The Origin of the Theory of Types, ” Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol.27, 2018, 27-44が奨励賞にもっともふさわしいとの結論に至りました。選考委員会後に開催された理事会で、この結果が報告され承認されました。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 伊藤遼氏の論文 “The Origin of the Theory of Types” は、ラッセルが1900年代の初頭に集合論のパラドクスを発見してから、『数学の諸原理』の補遺Appendicesにおいて最初期のタイプ理論を提示するまでの思索の軌跡を再構成し、この間のラッセルの思索が(パラドクスのテクニカルな解決だけに注力されていたわけではなく)クラスの本性に関する哲学的考察を背景としていたことを、緻密な文献解釈に基づいて明らかにしたものです。
 伊藤氏によれば、ラッセルは、当初集合論のパラドクスを(パラドクスそれ自体に問題があるのではなく)本質的にはクラスという概念notionについての問題とみなしていましたが、『数学の諸原理』が完成した際にも、そこで示されたクラス概念の理解に満足していなかったことになります。ラッセルは、『数学の諸原理』の最終稿を1902年に一旦出版社に渡しますが、その直後に始まったフレーゲとのやりとりを経て、自身のクラスに関する説明を大きく変更することになりました。その結果として、『数学の諸原理』ではクラスについての二つの説明(『数学の諸原理』の本文における説明と、補遺で与えられている最初期のタイプ理論に基づく説明)が与えられることになりましたが、最終的にラッセルはそのどちらも十分なものとは考えませんでした。伊藤氏は、この間のラッセルの錯綜した思索の変遷を丁寧に辿っています。
 本論文第1節の序に続く第2節で、ラッセルが『数学の諸原理』の本文で与えたクラス概念の説明(「二重説two-fold theory」と呼ばれる説明)が解説されています。この節では、クラスをどのように理解するかという問いに対する解答としての二重説(「一としてのクラスclasses as one」と「多としてのクラスclasses as many」という二通りの見方をとる)の内実が明確化され、クラス概念についての説明が適切であるために必要とされる四つの条件すべてを、この二重説が満たすことが示されています。
 第3節では、ラッセルが二重説を放棄するに至る過程が考察されています(3.1節)。フレーゲとの議論の結果、ラッセルは二重説は維持できないと考えるようになりますが、伊藤氏の解釈では、そこでのラッセルの思考の道筋は、従来の理解(たとえば、〈多としてのクラスという概念を、フレーゲはクラスの名前が固有名の性格をもつという観点から批判し、それを受けてラッセルはその概念を放棄した〉といったような理解)とは異なるものとなります。伊藤氏によれば、ラッセルは、フレーゲによる批判を、単元クラスsingletonとその唯一の要素elementとを同一視することに対する批判として受け止め、その批判に「論理的主語logical subject」という概念を修正することによって答えようとしたのであり、その結果として最初期のタイプ理論に導かれることになったというのです。こうしたラッセルの思考の過程の再構成は、『数学の諸原理』の丁寧な読解に基づく独創的なものとみなすことができます。さらに、3.2節では、ラッセルが最初期のタイプ理論にも満足しなかった理由が詳述されています。その理由は、伊藤氏によれば次の三つです。すなわち、第一に、この最初期のタイプ理論では、単元クラスがその唯一の要素とは異なる理由を説明できないこと、第二に、空クラスに対して直接的な説明を与えられないこと、第三に、集合論のパラドクスと類比的な命題のパラドクスを解決できないこと、以上です。その一方で、伊藤氏は、先行研究で指摘されてきた問題、たとえば「無制限変項unrestricted variable」に関する問題や、他の内包的パラドクスの問題は、ラッセルが最初期のタイプ理論に不満を感じた理由ではないことも明らかにしています。
 以上のように概観される本論文は、(1)ラッセルの思索の過程についての新たな解釈が明確に示されていること、(2)対立する解釈に対して説得力のある反論を与えていること、(3)検討すべき先行研究を十分に踏まえていることを理由として、高く評価されました。以上が、本論文が2018年度科学基礎論学会奨励賞受賞対象となった理由です。
 
選考委員会
委員長 古田智久
委 員 網谷祐一、金杉武司、北島雄一郎、黒川英徳、鈴木生郎

2017年度奨励賞選考結果

2017年度奨励賞授賞者が理事会(2018年9月8日 於:慶應義塾大学三田キャンパス)で承認され、小草泰氏が選ばれました。対象論文は「色の傾向性理論を擁護する―色の現象学と存在論―」(『科学基礎論研究』45巻1・2号)です。秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
1.選考過程
 本年度の科学基礎論学会奨励賞の選考委員会は2018年9月8日、慶應義塾大学三田キャンパスで開催されました。選考対象となったのは和文誌『科学基礎論研究』第45巻1・2号に論文が掲載された4名でした。
 委員会出席者は、金杉武司委員、黒川英徳委員、鈴木生郎委員、中島敏幸委員、古田智久委員と委員長森田の6名であり、これに岡本賢吾理事長と松本俊吉学会誌編集委員長がオブザーバーとして出席しました。なお、欠席した選考委員はいませんでした。会員からは推薦書が1通のみ提出されていました。委員会ではその推薦書も考慮に入れたうえで、上記候補者の論文4編について検討を行いました。まず、「新進の研究者を奨励する」という奨励賞の目的を鑑みた結果、候補者を2名に絞りました。それら2名の論文について、その独創性、射程、議論の説得力、明晰性などの要素を慎重に協議した結果、当初は意見が割れていたものの、最終的には「色の傾向性理論を擁護する−色の現象学と存在論−」がもっとも適切であるとの結論に至り、当該論文の著者小草泰氏に奨励賞を授与することを全員一致で決定しました。その後同日に開催された理事会でこの結果を報告し承認されました。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 小草氏の上記論文は、「色の傾向性理論」に対して「色経験の現象学」の観点から示された批判を検討し、「色の傾向性理論」の修正案を示したものである。本論文では、<我々の色経験が、(クオリアのような)単なる感覚的性質の受容ではなく、「恒常的な色の様々に現われる仕方(の変化)として把握する」作用を含んでいる>という考え方を新たに提案されているが、この考え方によると、感覚的性質は「把握的作用との協同によって「同一の色の様々な現われ方」を形成」し、そして、「それらの色の現われ方は、(照明やその他の要因によって)規則的に変化しながら、それを通じて一定の色そのものを知覚者に対して現前させる」と考えられることになる。著者の結論は、色の傾向性理論は、以上のような考え方(色経験は感覚的性質と把握的作用との協同であるという考え方)を取り込むことによって、傾向性理論が有するもっともらしさを放棄することなく、色の現象学からの批判に答えることができるというものである。
 本論文は、色の傾向性理論の欠点を著者独自の考え方で補うことにより擁護したものであり、哲学のみならず隣接他分野への影響も与えうる射程をもった論文であることが特に高く評価され、本論文の著者である小草泰氏に授賞することが決定した。

選考委員会
委員長 森田邦久
委員  金杉武司、黒川英徳、鈴木生郎、中島敏幸、古田智久

2016年度奨励賞選考結果

2016年度奨励賞授賞者が理事会(2017年9月24日 於:慶應義塾大学三田キャンパス)で承認され、鈴木生郎氏、藤田翔氏が選ばれました。対象論文は「四次元主義と三次元主義は何についての対立なのか」、「ビッグバン宇宙論における時空の構造実在論的解釈 空間は膨張しているのか?」(いずれも『科学基礎論研究』44巻1・2号)です。秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
1.選考過程
 本年度の科学基礎論学会奨励賞選考委員会は、本年9月24日に慶應義塾大学三田キャンパスにおいて開催されました。選考対象論文は和文誌『科学基礎論研究』第44巻1・2号に掲載された4本の論文でした。
 委員会出席者は、加地大介委員、古田智久委員、森田邦久委員、横山輝雄委員と委員長山田の5名であり、これに岡本賢吾理事長と松本俊吉学会誌編集委員長がオブザーバとして陪席されました。会員から自薦他薦を含む4通の推薦書の提出があり、また欠席だった中島敏幸委員からも意見書の提出がありました。委員会ではこれらを参考にしつつ、4編の候補論文について検討を行いました。4編ともみな優れた論文であることは委員の一致した評価でしたが、本年度はそのうちから、藤田翔氏の論文「ビッグバン宇宙論における時空の構造実在論的解釈―空間は膨張しているのか?」(以下、藤田論文と略記)と、鈴木生郎氏の論文「四次元主義と三次元主義は何についての対立なのか」(以下、鈴木論文と略記)の2編に奨励賞を授与することを決定しました。その後同日開催された理事会でこの結果を報告し承認されました。
 2編の論文の同時受賞とした理由は、奨励賞の趣旨と論文の内容の双方に関係していますので、次項で2論文の概要に簡単に触れつつ決定の理由を説明いたします。

2.受賞論文の概要と受賞理由
 今回選ばれた2編の論文は、非常にタイプの異なる論文であり、どちらもすぐれた論文であることでは各委員の意見が一致していたにもかかわらず、同列に評価することが難しく、どのような点を重視するかに応じて、ある観点からは一方が不利となり、別の観点からはもう一方が不利になるため、各委員の重視する観点の違いがそのまま評価の違いに結びつくという状態でした。各委員の意見が出揃い、一定の討論を経た段階で、受賞作を1編に絞るためには、どちらも大事な二つの観点のどちらかを重視するという選択をしなければならないことが明らかになり、奨励賞の趣旨に照らす限り、どちらの観点も軽視するのは好ましくないため、2編の同時受賞とすることが望ましいとの結論に至りました。以下、この点を両論文の内容に触れつつ、もう少し具体的に、しかしできるだけ簡潔に説明します。
 2編の論文のうち、まず鈴木論文は、事物の持続的存在をめぐる四次元主義と三次元主義の対立を主題としており、国内外ですでに一定の議論の蓄積がある領域に属しています。鈴木氏は、四次元主義の立場と三次元主義の立場の対立を論じる際に、それぞれの立場とその対立点をどう定式化すべきかについて意見の一致が無いことから、両立場を評価するための基礎となるような適切な定式化を与えることを目指します。その際鈴木氏は、この点に関する三つの代表的定式化であるサイダーの時間的部分による定式化、オルソンの時間的な性質例化による定式化の鈴木氏自身による修正版、およびドネリーの時空的位置づけによる定式化を比較・検討したうえで、よりよい新たな定式化として二番目と三番目の定式化を組み合わせたものを提案しています。この論文は、先行研究を踏まえ明確に限定された課題を設定して、緻密な議論により結論を導くというタイプの、完成度の高い堅実な論文で、特に議論の緻密さと明晰さが各委員から高く評価されました。
 他方藤田論文は、ビッグバン宇宙論における空間の位置づけを取り上げ、「構造を原初的で存在論的に固有のものとみなす」存在的構造実在論を一般相対性理論に応用した時空構造実在論を概観した後、構造実在論のもとでは共動座標系による時空構造も静止座標系による時空構造もともに実在性を認められ、共動座標系を優先する理由が無いことに注意し、共動座標系が特別な意味を持つのは「大局的なスケールでは宇宙は一様かつ等方である」という宇宙原理に従う一様等方な座標系の構築においてであることを指摘したうえで、一般相対性理論との統合が果たされていない量子力学に触れ、新たな時空論の可能性に言及するという雄大なビジョンを提示する論文です。この論文については、アイディアの説明の仕方等、表現に改善の余地が見られる箇所が散見されることも委員から指摘されましたが、スケールの雄大さと、わが国でまだ議論の蓄積の無い新たな領域を切り拓こうとする力作である点が、高く評価されました。
 このように両論文は互いにきわめてタイプの異なる論文で、それぞれ異なる点が高く評価されたため、同じ尺度で比較することが困難で、片方のみを選ぶことは望ましくないと考えられました。奨励賞の趣旨に照らすならば、完成度の高い論文が高く評価されることも当然ですが、新領域開拓の試みや荒削りながらスケールの大きな議論も奨励に値することは間違いありません。本委員会は、この2論文を、科学基礎論学会の喜ばしい収穫として、奨励賞を授与するにふさわしいものであると結論した次第です。

選考委員会
委員長 山田友幸
委員  加地大介、中島敏幸、古田智久、森田邦久、横山輝雄

2015年度奨励賞選考結果

2015年度奨励賞授賞者が理事会(2016年9月3日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、網谷祐一氏が選ばれました。対象論文は「A Tale of Two Minds: Past, Present and Future」(Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, vol.24 )です。秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
一 選考過程
 本年度の科学基礎論学会奨励賞の選考委員会は、2016年9月3日、東京大学駒場キャンパスで開催された。選考対象となった論文は三編であり、そのうち二編は欧文誌 Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, vol.24 に掲載された英語論文、残る一編は和文誌『科学基礎論研究』第43巻第1・2号に掲載された書評論文であった(なお会員からの論文の推薦はなかった)。
 委員会への出席者は、岡本賢吾委員・横山輝雄委員と委員長の出口の三名であり、信原幸弘理事長と菊池誠学会誌編集委員長もオブザーバーとして陪席した。また欠席者のうち、森田邦久委員と山田友幸委員からは書面で意見が寄せられた。これらの意見をも参考にしながら、委員会として、対象となる上記論文三編について検討を行なった結果、網谷祐一氏の論文 A Tale of Two Minds: Past, Present and Futureに対して2015年度の奨励賞を授与することを決定し、この決定は同日開催された理事会でも承認された。
 なお同年11月5日に開催された本年度の秋の研究例会において、本奨励賞の授与式が行なわれ、信原理事長から網谷氏に対して賞状と副賞が授与された。

二 受賞論文の概要
 網谷氏の上記論文は、近年、認知心理学等で提案されてきた「二重過程理論 (dual process theory)」が抱える理論的問題を、氏が長年研究してきた生物学の哲学に由来する概念を援用することで解決しようとしたもので、領域横断的な哲学知が、経験科学の進展に具体的に貢献しうる可能性を鮮やかに示した優れた論考として、審査委員の間で高く評価された。以下、氏の論文の内容を、その独創的な側面に焦点を当てて紹介する。

※  ※  ※

 近年、認知心理学や社会心理学において、「二重過程理論」なる仮説が提唱され、一定の支持を集めてきた。その仮説とは、簡単に言えば、われわれの心には、反省的なプロセスと直感的なプロセスという互いに異なった二種類の情報処理プロセスが備わっており、われわれは、通常、これら二つのプロセスを併用しているというものである。ちなみに、本論文のタイトルにも登場する「二つの心(Two Minds)」という表現で意味されるのは、あくまで、一つの心には、反省的プロセスが優勢な働きと、直感的プロセスが前面に出ている働きとの、二種類の働きがあるということのみであり、文字通り二つの別個の心が一人の人間の中に同居しているという事態ではないことに注意しておこう。
 この二重過程理論は、被験者に演繹推理・意思決定・印象形成といったタスクを課した種々の心理実験において、二種類の異なった情報処理の仕方が(かなりの程度)一貫して見いだせることを主たる根拠としてきた。だが、このことは、その理論が、いまだ因果的な基盤を欠いた現象論の域を出ていないことをも意味する。二重過程理論の主唱者たちも、そのことを重々に承知しており、彼らは、二つのプロセス(ないし心)の現象的発現の原因と思しき物理的基盤を血眼になって探している。その結果、反省的プロセスに関しては、ワーキングメモリーを担う脳神経機構が、その因果的基盤の有力な候補して浮上してきた。しかし、もう一方の直感的プロセスに関しては、いまだ有力な候補が見いだされていないのが現状である。直感的プロセスに対する因果的基盤の欠如。これこそが、二重過程理論が現在抱えている最大の弱点なのである。
 ここで登場するのが網谷論文である。もちろん網谷氏は哲学者であって経験科学者ではない。なので、何らかの実験によって新たな経験的知見を生み出しつつ、直感的プロセスの因果的基盤を探すというアプローチは、ここではとられない。代わりに、心理学者たちがこれまで参照してこなかった概念リソースを活用することで発想の転換をはかり、既知の事柄の中で見過ごされてきた因果的基盤に光を当てるという、優れて哲学的な営みが、ここではなされているのである。
 本論文が参照するのは生物学の哲学で洗練され蓄積されてきた生物種を巡る概念、具体的には、「進化的機能種(evolutionary functional kind)」と、「自然種の外在的な因果的メカニズム(ないしは基盤)(extrinsic causal mechanism or base)」というアイディアである。
 そもそも機能種とは、物理的基盤が互いに異なっていても、ある特定の現象の説明や予測に際して、同じ役割を果たしうるメンバーからなる種である。典型例としては、「貨幣」があげられる。貨幣は、金属・紙・電磁気現象といった様々な物理的形態をとる。一国の通貨を構成している個々のメンバーは、物理的には多重に実現されうるのである。しかしそれらのメンバーは、材質の違いにも関わらず、経済現象の説明や予測においては全く同じ役割を果たす。この意味で、それらは同じ一つの機能を果たすものからなる種、即ち一つの機能種を構成する。
 進化的起源や物理的機構は異なるが、同じ適応的役割を果している生物の特徴からなる機能種は、特に「進化的機能種」と呼ばれる。例えば、「羽」がそうである。鳥類の羽とコウモリの羽と昆虫の羽は、それぞれ進化的起源も物理的機構も異なるが、一定の空力学的特徴を共有し、結果として「大気中での飛翔」という同じ適応的機能を担っている。それらは「羽」という、一つの進化的機能種を構成しているのである。
 一方、「自然種の背後には、そのメンバーに共有されている一定の因果的基盤があり、自然種が持つ性質は、その因果的基盤によって説明されるべきだ」という考えは、今も昔も広く共有されている。ただ従来は、自然種の因果的基盤として、もっぱら、身体内部の生化学的な微細構造といった生物個体にとって内在的(intrinsic)なメカニズムのみが想定されてきた。しかし近年、個々の生物個体にとって外在的なメカニズム―例えば自然選択といった歴史的なプロセス―をも、自然種の因果的基盤として認めようという機運が高まっている。すると例えば、「翼」という進化的機能種の因果的基盤として、それを生み出した自然選択のプロセスという外在的メカニズムを想定してもよいことになる。
 以上の概念装置を二重過程理論に移植し、直感的プロセスを一種の「進化的機能種」と見なした上で、その「外在的な因果的基盤」として、それを歴史的に生み出してきた自然選択のメカニズムを想定することで、「直感的プロセスに対する因果的基盤の不在」を解消する。これが、網谷論文の議論戦略の骨子である。
 直感的プロセスの外在的因果基盤として、本論文が提案する自然選択プロセスとは、(例えば、餌や天敵をいかに素早く発見するかといった)生活環境の中で日常的に出会われる定番の認知的課題に対して、判断の正確性を少々犠牲にしても、判断に要する時間や認知エネルギーを低く抑えようとする行動戦略(コスト鋭敏的戦略)を採用した個体が選ばれるというプロセスである。本論文では、このような行動戦略が、直感的プロセスの諸特性(課題特化性・低エフォート性・自動性・迅速性等々)とよく合致することもあわせて指摘されている。
 結局、本論の立場に立てば、直感的プロセスとは、同様の自然選択メカニズムを経て獲得された、様々なコスト鋭敏的認知戦略の集積体に他ならないことになる。われわれの心には、物理的基盤は異にするものの、「定番的問題に対して低コストで認知を実行する」という同じ機能を担い、同様の進化メカニズムによって生み出されてきた多様な認知機構が備わっており、心理学者はそれらを一括して「直感的プロセス」と呼んできた、というわけだ。また今や、直感的プロセスと反省的プロセスの因果的基盤はかなり異なっていることも明らかとなる。反省的プロセスの因果的基盤は生物個体に内在的な脳神経的構造であるのに対して、直感的プロセスのそれは自然選択という外在的なメカニズムなのである。
 もちろん本論文で大きな役割を果たす生物種にまつわる概念は、いずれも網谷氏の独創ではない。だが、それらは専門分野を異とする心理学者にとっては縁遠いものであったため、彼らは、それらを用いて直感的プロセスの因果基盤の不在を解消するという発想に至りえなかったのである。心理学や生物学といった個別分野の垣根を超えた領域横断的な議論を展開することは、哲学知の真骨頂の一つである。網谷論文は、このような哲学知の長所を遺憾なく発揮し、現場の科学者には思いもよらなかった解決策を具体的に提案することに成功したのである。

三 結語
 選考委員会における審議では、今回選に漏れた二論文も、それぞれ優れた論文として高く評価された。だが、先行研究から自立した独自性をどこまで発揮できているかという点に関して、やはり網谷論文が一頭地を抜いているという意見が大勢を占め、今回の選考結果となった。上記二論文のまだ若い著者には、是非、今後もさらに優れた論文を学会誌に投稿し、再び奨励賞を目指して頂きたいというのが、選考委員会の出席者の一致した意見であったことを、最後に記しておきたい。

選考委員会
委員長 出口康夫
委員  岡本賢吾、中島敏幸、森田邦久、山田友幸、横山輝雄

2014年度奨励賞選考結果

2014年度奨励賞授賞者が理事会(2015年9月5日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、大西琢朗氏が選ばれました。対象論文は「間接検証としての演繹的推論」(『科学基礎論研究』42巻2号)です。秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告

2014年度奨励賞選考委員会は、2015年9月5日に東京大学駒場キャンパス 14 号館7 階706 号室にて行なわれた。6名の選考委員のうち3名が出席し、欠席者のうち2名が書面で所見を提出した。また、信原理事長と菊池編集委員長がオブザーバーとして出席した。

選考の対象となった論文は4篇で、うち3篇が単著の邦語論文、1篇が共著の英語論文であった。会員からの推薦はなかった。例年と同様、各論文の主題の重要性、結論の独自性と啓発性、論証の妥当性、論文の完成度などについて出席者が順次意見を述べ、また欠席者からの提出文書が検討された後、さらに詳細な討議が行われた。

どの選考委員からも特定の1篇を強く推す意見は出されず、選考対象の4篇を相対的にどう評価するかについて様々な考えが提起された。その結果受賞作を第一に推す意見が最も多かったため、選考の次なる段階として受賞作に焦点を絞り、その長所と短所が詳しく吟味され、それが受賞に値するかが検討された。委員からは、受賞作が表現や論述の明晰さの点で改善の余地があるのではないかという意見も出され、「受賞論文なし」という選択肢も含めて慎重に議論がなされたが、最終的には、受賞作がカント以来の正統的な認識論にも通じる基礎的・普遍的な問題に現代論理学の斬新な手法で取り組んでおり、またカット消去という論理学上の技術的結果について独自性のある哲学的解釈を展開している他、論理学・数学の哲学に関わる多様な考察を刺激し触発する射程の大きさを持つことが認められ、全員の賛成により受賞が決定された。

受賞作である大西論文は、「一般に演繹的推論が、その形式的・非経験的性格にもかかわらず、現実世界についての我々の経験的知識を自明でない仕方で拡張しうるのはいかにしてか」という、M・ダメットが取り上げた著名な問題に対して、「双側面説」という新しい観点から独自の解決を与えようとする試みである。ダメット以前には、この問題に対する解答は「演繹的推論によって真なる経験的言明から真なる経験的言明が導出されうるのは、演繹的推論が真理保存的であるからだ」というものが一般的であった。これに対しダメットは、この解答が(言明一般の)真理性という、意味理論的に見て不明確でその正当性が疑わしい概念に無批判に依存していることを指摘し、それに代わるものとして「検証」「証明」といった中心概念を採用した上で、後者から前者を派生させる仕方で説明を与えるべきだと主張した。大西論文は、このダメットの路線に大枠において従っている。しかし同時に彼は、ダメット自身の解決策には、実在論的な真理概念があらかじめ先取りされてしまっているという批判をも行っている。例えば、「X氏はケーニヒスベルクの七つの橋をすべて渡った」が経験的知識として前提されてよい場合、この言明にオイラーのアルゴリズムを適用することによって(つまり、演繹的推論によって)、「X氏が二回渡った橋が少なくとも一つある」という結論を導出することができ、その際この結論も経験的知識となる。しかしこのとき、たとえ前提が感覚知覚によって直接的に検証されていたとしても、結論は必ずしもそうした感覚知覚による直接検証を伴ってはいない(逆にだからこそ、この推論は間接検証の手段として有用なものとなっている)。では結局、この結論の言明の身分と正当性はどう説明されるべきか。ダメットは、前提の言明の直接検証のうちには、当該の橋を渡る出来事についての「十分に詳細な観察」の可能性が含まれており、このため、オイラーのアルゴリズムの適用結果である結論の言明についても、この可能的「観察」を変換することである種の可能的「観察」が与えられ、したがってまた―たしかに感覚知覚とは異なる一定の拡張された意味合いにおいてではあるが―「直接」的と言える検証が伴っている、と主張する。だが大西論文は、この「十分に詳細な観察」という考えが、実在論的な真理概念(問題となる原始諸言明に対する真理値割り当ての概念)を密輸入したものに他ならないことを指摘する。そして、もしも我々が実在論に舞い戻るのを避けようとするのであれば、ダメットのように言明の意味を検証・証明概念によってのみ説明しようとする一元論的な考えを捨てて、検証と反証の双方を基礎に据える双側面説を採用すべきであると主張する。双側面説では、一般に論理学的なシークエントA⊢Bによって表現されるのは、通常の証明論的意味論で言われるような「Aの検証からはBの検証が構成可能である」という関係なのではなく、「Aの検証は、Bのいかなる反証とも両立しえない」という、より繊細な取り扱いを要する関係であり、この観点に立つと、シークエント計算の諸体系についてのカットの消去可能性(カット則の許容可能性)の証明も、検証・反証の二つの側面から捉えられるべき独自の新たな哲学的意義を持つことになる。

以上のように、受賞論文は、論理学の基本問題を主題にしながら、これに対するダメットの分析と解決策についての精確・詳細な読み込みと、証明論的意味論の分野での近年の技術的・哲学的展開の高度な理解に基づいて、独自の新たな見解を打ち出している点で、極めて独創性の高いものである。今後、双側面説のいっそうの技術的発展と、さらなる哲学的解明を進めることを切に期待したいということが、選考委員の一致した意見である。

選考委員会
委員長 松本俊吉
委員  岡本賢吾、白井仁人、出口康夫、山田 友幸、横山輝雄

2013年度奨励賞選考結果

2013年度奨励賞授賞者が理事会(2014年9月20日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、秋吉亮太氏・高橋優太氏、倉橋太志氏が選ばれました。対象論文は「ゲンツェンを読む―三つの無矛盾性証明の統一的解釈―」(『科学基礎論研究』41巻1号)、「Rosser可証性述語について」(『科学基礎論研究』41巻2号)です。秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2013年度奨励賞選考委員会は2014年9月6日に東京大学駒場キャンパス 14 号館7 階706 号室にて行なわれた。6名の選考委員のうち5名が出席し、さらに信原理事長と菊池編集委員長がオブザーバーとして出席した。

選考の対象となった論文は6篇で、会員からの推薦が1件あった。選考に当たって考慮されたのは、それぞれの論文で取り扱われている主題の重要性、この主題へのアプローチの適切さと独自性、展開されている分析の深さ・精確さ・啓発性、提起されている結論の説得力と射程、論文としての完成度、などである。各委員が、6篇についてこれらの点に関する所見を述べた上で、全員でより詳しく意見交換する形で討議が進められた。

ほぼ全委員が、今回の6篇について、いずれも内容的に水準の高い好論文であるという評価を下した。と同時に、とりわけ(結果として受賞作となった)2篇が優れているという考えの委員が多く、このため、この2篇について、さらにその長所と、なお望むべき点とについて掘り下げた検討が行われた。この結果、両篇が等しく選出に値する優秀なものであることが確認され、全員一致で2篇を今回の受賞作とするという結論に至った(その際、本賞の「選考要綱」中の「単年度を範囲に1ないし2名を選出する」における「1ないし2名」は、その趣旨からして「1ないし2篇」と解して差し支えないことが確認された)。以下、2篇について(掲載時期の早いものから順に)説明する。

秋吉・高橋論文の主題は、形式化された初等算術(ペアノ算術)に対してG・ゲンツェンが与えた無矛盾性証明(1935年、36年、38年の3つの版がある)である。一見これはもっぱら歴史的な関心の対象のように思えるが、本論文が明らかにしているのは、実はここには、(1)現代証明論の成果を援用することで初めて理解可能となる興味深い技術的問題と、さらに、(2)数学的命題の意味とは何か、その明示化はいかに行われるべきかという、ヒルベルト・ブラウワー・ゲンツェンの当時から現在に至るまで論じ続けられている数学の哲学の中心的な問題とが、本質的な仕方で含まれているということである。まず(1)について言うと、もともと3者におけるゲンツェンの技術的手法がどのようなものであり、互いの間でどう関係し合うかについては(特に36年版の曖昧さのせいで)不明な点が多かったが、本論文が詳細に論じている通り、現代証明論で重要な意義を持つ「ミンツ=ブフホルツの手法」を基礎に据えて解釈するならば、それらが持つ妥当性と統一性が明瞭な仕方で浮かび上がり、とりわけ、従来(その完成度の高さゆえに)中心的なものと見なされてきた38年版は、むしろ、より一般性の高い36年版の特殊化と解するべきであることが判明する。また(2)について言うと、従来、無矛盾性証明におけるゲンツェンの哲学的立場は、(ヒルベルトにもある程度見られ、特に直観主義者がしばしば批判の標的に据えた)道具主義的な考え――実無限上の量化を含む超限的命題は、保存拡大的な仕方で有限的命題の導出を容易化するが、それ自体では無意味な、単なる補助手段にすぎないという見解――だとされがちであった。だが、(1)における技術的考察を論拠にしながら本論文が示唆するのは、彼の哲学は、超限的命題に対して一定の「有限的意味」を与えることを目指す、あくまでポジティブな(ある点で、むしろ直観主義に通じる)ものだったということである。本論文の「結論」で展望されている通り、ここからは、さらに進んで追究されるべき重要な哲学的・技術的・歴史的問い――ブフホルツのΩ規則は、意味理論的にいかなるものとして捉えうるか、ゲンツェンとブラウワーの思考にはどのようなより深い連関があるか、等々――が登場してくる。著者たちによる今後の研究が大いに期待される所以である。

倉橋論文は、J. B. ロッサーがゲーデルの不完全性定理に加えた改良を主題に据え、一方で、近年これに関して得られた技術的な解明や応用(倉橋自身のオリジナルの結果も含まれる)を要約・紹介しながら、他方、これを基盤として、従来必ずしも十分に理解されてこなかったこの改良が持つ哲学的な意義とその射程を、「証明とは何か」という論理学・数学の哲学の中心問題に関係づけながら考察している。元来のゲーデルによる証明では、自然数論を十分に含む再帰的に可算な任意の理論Tについて、Tの標準的な可証性述語PrTを用いたゲーデル文πが構成され、(1-1)Tが無矛盾ならπが、(1-2)Tがその上ω無矛盾(より的確にはΣ1健全)でもあれば¬πが、Tから証明できないということが証明され、(2)さらに、Tの無矛盾性を表現する文ConT――これはペアノ算術PAにおいてπと同値であることが証明できる――も、Tが無矛盾であればTから証明できないということが証明される。これに対し、ロッサーがPrTを用いて新たに定義した非標準的な可証性述語(Rosser述語)――大まかには「式xはその証明yを持ち(つまりPrf(y, x))、かつ、z<yなるいかなるzも、xの否定の証明ではない」というもの――から構成されるRosser文π’は、(1)Tの無矛盾性を仮定するだけでTからの独立性が証明でき、(2)しかも、π’から作られるConTRは、実はPAで証明可能である、等の一見意外な性格を持つ。これに対して倉橋は、まずYabloの逆理の形式化の例に即して、一体どのような条件下でRosser述語を用いた独立命題が構成可能となるかを検討し、一般に、この述語の持つ諸性質が(上記の定義からも予想される通り)「“証明の並べ方”」に依存することを明らかにする。またFefermanらの研究を取り上げ、(Rosser述語を含め)一般に可証性述語に対してどのような条件を課するかに応じて、(それらの可証性述語から構成される)無矛盾命題の証明可能性がきわめて複雑で微妙な影響を受ける事実を描き出す。結論として倉橋は、「証明の概念の自然な形式化とは何かを発見する」という哲学的な課題が、まさに論理学のアクチュアルな問題であることを簡潔に指摘し、さらに、その解明が日々進展しつつあることを強く示唆しているが、これは読者を十分に納得させる力を持つと評してよいであろう。

選考委員会
委員長 清水哲男
委員  岡本賢吾、白井仁人、出口康夫、中山康雄、松本俊吉

2012年度奨励賞選考結果

2012年度奨励賞授賞者が理事会(2013年9月14日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、田中泉吏氏が選ばれました。授賞対象論文は、「微生物と本質主義 ― 種カテゴリーに関する恒常的性質クラスター説の批判的検討―」(『科学基礎論研究』第40巻第1号, pp.9-25)。 秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2012年度奨励賞選考委員会は2013年9月14日に東京大学駒場キャンパス14 号館7 階706号室にて、6名の選考委員のうち5名が出席して行われた。欠席した1名の選考委員からは意見書が提出された。信原理事長と菊池編集委員長がオブザーバーとして出席した。

選考の対象となった論文は6編であった。会員からの推薦は今回なかった。選考に当たっては対象論文の確認、「奨励賞」選考規定の確認などを行い、委員間で各候補論文について評価を行った。

選考過程では、内容のオリジナリティの高さ、議論展開の緻密性、現代科学哲学における意義、論文の完成度などの点に関して各論文を評価した。優れた論文が他にも見出されたが、総合的評価を経て上記のように田中氏の授賞を決定した。

生物学の哲学において、種についての本質主義の復活の議論が近年話題になっている、その中でも恒常的性質クラスター説は、進化論と両立する種カテゴリーの本質主義を主張する点で重要である。田中論文前半ではこの恒常的性質クラスター説の持つ特徴が独自の仕方で整理されており、評価できる。後半ではこれまであまり考察されてこなかった微生物学の観点を種の問題の議論に導入することの重要性が主張され、この観点から恒常的性質クラスター説が批判的に詳しく検討されている。議論展開には一定の説得力があり評価できる。特に、通常(巨)生物の交配による、親子間方向のような遺伝子垂直伝達とは違い、微生物における遺伝子水平伝達では、Wilsonらが恒常的性質クラスター説で要請する「恒常性」が維持されないことを、微生物学における実例とともに説得的に議論する点に田中論文の主張のオリジナリティが認められる。

一般的な種カテゴリーの定義の困難についてはEreshefskyらも微生物学的観点から既に論じているが、恒常的性質クラスター説の批判を通じて本質主義的な種カテゴリーの定義可能性の基本的な困難を指摘している点で先行研究に新たな論点を加えており、この貢献は重要であり高く評価できる。一般的「種」概念はそもそも必要なのか、多元論的立場に立つとどのような問題があるかなどいくつかの重要課題も提起されているが、これらのより深い考察は田中氏の今後の研究に待つことにしたい。

選考委員会
委員長 岡田光弘
委員  清水哲男、下嶋篤、白井仁人、中山康雄、松本俊吉

2011年度奨励賞選考結果

2011年度奨励賞授賞者が理事会(2012年9月8日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、太田紘史と佐金武の両氏が選ばれました。授賞対象論文は、「意識と時間―表象説からのアプローチ―」(『科学基礎論研究』第39巻第1号, pp.1-11)で、 秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2011年度奨励賞選考委員会は2012年9月8日に東京大学駒場キャンパス 14 号館7 階706 号室にて行なわれた。オブザーバーとして信原理事長と菊池編集委員長が出席し、欠席した選考委員の全員から意見書が提出された。

選考の対象となった論文は6編で、会員からの推薦が1件あった。選考に当たっては、実に多岐に亘る論点が議論され、各候補論文の内容だけではなく、この賞が年齢制限を設けた「奨励賞」であるという問題を核に、科学基礎論研究の本来あるべき姿とその内容、諸科学とその基礎を巡る哲学的側面との相互関係、そうした研究が展開されて行く中で若手研究者の養成・成長を図る上での基本的な考え方、それらと関わっての本「奨励賞」のあり方にまで及んで、白熱した真剣な議論が展開された。

そのような観点から、若手研究者の研究を奨励し、その発展・展開・将来展望に期待するという本来の趣旨と共に、独自の深い研究内容を異なる分野の研究者にまで伝えようという姿勢があるか否か、という点をも含めて考慮した時、幾つかの論文が選にもれる結果となったことは不問に付すべきではないだろう。それらを除外して選考対象に残った論文については、授賞論文と比べるとき、自らの主張を支える論証の議論展開が不十分なままに特定の主張を押し出したり、あるいは、論理構成の抽象的な端麗さを狙うあまり、現実世界における主要な構成要素を見落とした議論展開が見られたりした点が、奨励賞の対象として不満足だとの見解が明示された。

太田・佐金両氏の論文は、「時間意識」を規定する基本的な要因を、I. 変化、II. 持続、III. 時間の向き、という3つの側面から提示し、それに基づいて、変化の経験を現在の瞬間的な意識と記憶から説明しようとする「記憶説」の批判を始め、他の諸説を説得的に論駁することに成功している。「時間論」を巡ってしばしば焦点化する III の論点も、時間の向きを他の要因から説明しようとの立場を明確に退けている。物理学等、自然諸科学の立場からの「時間論」については、当論文とはまた異なった視点から、「時間」概念の自然的・客観的本性・起源に関する問題関心も十分あり得、そういう立場から見ると、事柄の半分だけに焦点化しているとの意見も出された。ここで注意したいのは、当論文の主題が「時間意識」、つまり、「時間」的事象を人間の意識・認識がどのような要因を基礎に組み上げられるか?を巡る議論だということであり、十全な「時間」概念の科学基礎論的掘下げのためには、自然的・客観的側面と共に、人間的・主観的・認識論的側面の掘下げは不可欠であろう。歴史的には20世紀の一時期、自然・人文・社会諸科学の研究者を巻き込んだ時間論の議論が試みられたこともあったが、現在の新たな科学・哲学研究の段階を踏まえ、改めて21世紀における時間論が新たな科学基礎論の core として論じられるべき段階に来ているように思われる。当論文は、そういう方向を展望した時、哲学的・認知科学的側面における重要な出発点として十分機能することが期待される内容をもつものと見られ、そうした発展可能性と説得的な議論展開がとくに評価された点である。このような状況に鑑みて、受賞者の方々には今後、科学基礎論の関連諸分野のなかに、こうした新しい時間論を展開するための基礎の掘下げと共に、異なる視点に立つ複数分野に亘る共同研究へ向けた可能性を考慮して研究を展開して頂ければ幸いである。

選考委員会
委員長 小嶋泉
委員  岡田光弘、清水哲男、下嶋篤、中山康雄、松阪陽一

2010年度奨励賞選考結果

2010年度奨励賞授賞者が理事会(2011年9月10日 於:東京大学駒場キャンパス)で承認され、大塚淳氏が選ばれました。 授賞対象論文は、「ベイズネットから見た因果と確率」(『科学基礎論研究』第114号, pp.39-47)で、 秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。 選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2010年度奨励賞選考委員会は2011年9月10日に東京大学駒場キャンパス14号館706号室にて行なわれた。 オブザーバーとして理事長と編集委員長が出席し、欠席した選考委員の全員から意見書が提出された。

選考の対象となった論文は5編であり、委員からの推薦が1件あり、その1件は今回授賞の大塚氏の論文に対してのものであった。 いずれの候補もそれぞれに見るべきところのある優れた論文だと言えるが、授賞論文と比べて他の論文には、主題の広がり、 論証の用意周到さ、主張の新規性とその意義、構成の非冗長さのいずれかにおいて、奨励賞とするには若干足りない部分があるという意見が出された。
大塚氏の論文は、「ベイズネット」と呼ばれる因果性についての統計的分析手法を「因果的マルコフ条件」の概念を基軸にして紹介し、 確率論的還元主義や介入主義が絡む議論状況の再構成と、それに対する独自の問題提起を行なったものである。 氏の論文がとくに評価された点は、以下の三点にまとめられる。第一に、専門性の高い議論を具体例を用いて分かりやすく整理することに成功している点、 第二に、従来軽く見られる向きもあった「非忠実性の問題」をより重要で解決困難な問題として再定式化したうえで、 論争の構図をあらたに描きなおし、さらなる哲学的考察の必要性を啓発的に主張している点、 そして第三には、科学基礎論の関連諸分野のなかに、統計的手法一般に対する広く深い関心を呼び起こすきっかけとなりうる論文であるという点である。
選考会議では、今回の授賞論文が、独創的で積極的な提案を含むという点に関してややもの足りないのではないかという意見についても、 長い時間をかけて多角的な観点から議論を行なった。その結果、最終的には全員一致で、上記の複数の評価点と、奨励賞のそもそもの趣旨を重視し、 大塚論文が奨励賞にふさわしいという結論に至った。

選考委員会
委員長 柏端達也
委員  石川幹人、岡田光弘、小嶋泉、下嶋篤、松阪陽一

2009年度奨励賞選考結果

2009年度奨励賞授賞者が理事会(2010年9月18日 於:日本大学文理学部)で承認され、東克明氏が選ばれました。 授賞対象論文は、”A Difficulty of Local Truth-Value Assignment in Contextual Approach” (Annals of the Japan Association for Philosophy of Science , vol.18 pp.45-56)で、 秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2009年度奨励賞選考委員会は2010年9月18日に日本大学文理学部本館1階会議室Bにおいて行われた。

選考委員会では、まず会員からの推薦についての報告がなされた。強い推薦のあった東克明氏の”A Difficulty of Local Truth-Value Assignment in Contextual Approach”について、この論文の専門に近い選考委員会から、 この論文は、有限次元・非相対論的量子力学の文脈依存型論理形式への定式化での鍵となる命題の本質を一般的な von Neumann環に拡張することにより、有限次元・非相対論の制約を外し、典型的な無限自由度量子系である代数的 量子場理論にも適用可能な形に一般化した意欲的な論文であるとの紹介がなされた。
引き続いてこの論文について議論がなされ、この論文は現在の物理学の主流では評価されにくいが、 基礎的で重要な問題を扱うものであり、論文のレベルが高いだけでなく、分野的にも科学基礎論学会の論文誌に相応しい 内容であるとの意見が出された。ただし、論文が扱う問題や結論の意義についての説明が不足しており、 この論文が持つ価値を十分に説明しきれていないといったことが課題であるとの指摘がなされた。
ついで、他の論文についての議論がなされたが、問題提起や話題そのものは面白い論文もあるが、それらは結論が弱いなど、 いずれも奨励賞のレベルには達していないとの結論に達した。
以上の議論の結果、東氏の論文について、著者の将来性も高く期待されることもあり、今年度の奨励賞は東氏の”A Difficulty of Local Truth-Value Assignment in Contextual Approach”が相応しいという結論が出された。

選考委員会
委員長 出口弘
委員  石川幹人、小嶋泉、柏端達也、菊池誠、松阪陽一

2008年度奨励賞選考結果

2008年度奨励賞授賞者が理事会(2009年9月26日 於:慶應義塾大学)で承認され、秋吉亮太氏および北島雄一郎氏が選ばれました。 授賞対象論文は、秋吉氏が ”On a Relationship between Gödel's Second Incompleteness Theorem and Hilbert's Program”(Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, vol.17 pp.13~29)、北島氏が「ライヘンバッハの前共通原因原理と論理的独立性」(『科学基礎論研究』第110号pp.1~7)で、秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。 選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2008年度奨励賞選考委員会は2009年9月26日に慶應義塾大学三田キャンパス旧図書館2階小会議室において行われた。 欠席した委員からは意見書が提出された。

選考委員会ではまず、選考委員の論文が選考対象となっていることについて、当該の選考委員から辞退の申し出があり、了承された。 その後、論文の選考が行われたが、今回の対象論文は科学および数学の基礎に関わるレベルの高い論文が集まり、大変に好ましい傾向であるとの意見が出された。 次に、個々の論文についての討議がなされた。その中で、秋吉亮太氏の論文 "On a Relationship between Gödel's Second Incompleteness Theorem and Hilbert's Program"について、まだ十分に議論が尽くされている訳ではないが、数学の基礎に関するよく知られた重要な話題に関して新たな主張をなす意欲的な論文であり、この論文を契機として新たな問題、話題が展開されうる奨励賞に相応しい論文との意見が出された。 また、北島雄一郎氏の論文「ライヘンバッハの前共通原因原理と論理的独立性」について、独創性の高い優れた論文であるだけでなく、専門外の研究者にも目的や結果が分り易く説明されており、奨励賞に相応しいとの意見が出された。 欠席された選考委員の意見書に推薦されていた論文にもこの二本が含まれており、この二本の論文についてさらに議論を続けた。 しかし、異なる分野の論文であり比較することが難しく、どちらか一本を選ぶことは適当でないとの判断がなされ、二人共に授賞とすることが提案され、了解された。

選考委員会
委員長 出口弘
委員  石川幹人、伊藤笏康、遠藤隆、柏端達也、菊池誠

2007年度奨励賞選考結果

2007年度奨励賞授賞者が理事会(2008年9月20日 於:慶應義塾大学)で承認され、塩野直之氏が選ばれました。授賞対象論文は"Weakness of Will and Time Preference"(Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol.16 Nos.1&2 pp.37~55)で、秋の研究例会において賞状並びに副賞が授与されました。
選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
2007年度奨励賞選考委員会は、2008年9月20日午後1時から3時まで、慶應義塾大学三田キャンパス旧図書館2階小会議室において行なわれた。選考委員会委員6名のうちの4名と、オブザーバーとして、飯田理事長、信原編集委員長が出席し、欠席の2委員から予め送られてきていた意見書が提示された。なお、会員からの推薦書は1通であり、それは参考資料として扱うこととした。
選考委員会ではまず、今回選考対象となっている9篇の論文それぞれについて、出席委員が順番に意見を述べ、欠席委員の意見書も確認した。そしてその上で、全員での討議に移った。
今回の選考委員会の特徴は、委員の意見がかなり大きく分かれた、ということである。その原因はおそらく、それぞれの委員がどのような観点を重要と考えるかが(特に若手研究者に対する評価において)、かなり違っていたことにあるように思われる。全員による討議が進むにつれて、それぞれの論文について、「このような点では評価できるが、しかしこうした観点からは非常に不満だ」というように、観点ごとの評価の違いが次第に明らかになってきた。
こうした状況の中で、比較的高い評価を得た論文としては(但し、上述のように、それぞれにかなり強い不満も聞かれたが)、植原亮氏の「脳神経科学を用いた知的能力の増強は自己を破壊するか」、塩野直之氏の “Weakness of Will and Time Preference”、および森元良太氏の “Information Theory and Natural Selection” が挙げられる。それら3篇の中から授賞作1篇を選ぶことはかなり難しいことであったが、全員の意見分布における相対的な評価の高さを勘案して、塩野直之氏の論文 “Weakness of Will and Time Preference” を授賞作とすることを私が提案し、出席委員全員の承認を得た次第である。

選考委員会
委員長 丹治信春
委員  伊藤笏康、遠藤隆、田中一之、山脇直司、渡辺恒夫

2006年度学会賞選考結果

今年度は受賞論文無し。

選考過程報告
今回、選考対象となった論文は6篇(和文4篇、欧文2篇)でした。会員からの推薦書は2通届いており、それらは昨年度と同様、選考における参考資料として扱うこととしました。選考委員会では、各委員がそれぞれの論文について意見を述べた上で、どの論文に学会賞を授与するかをめぐる議論に入りました。しかし今回は、多くの論文について、独創性、議論の堅固さ、論文の構成などに関して、かなり不満が残ると感じる委員が多く、残念ながら、何人かの委員が一致して高く評価する論文が出てきませんでした。ある論文を非常に強く推薦する推薦書もありましたが、その論文についても委員の中から、問題設定そのものを疑問視する意見が出る、という状態でした。そこで、選考委員会のこのような状況に鑑み、今回は「受賞者なし」とすることで、委員会の意見は一致しました。

なお、何人かの委員から、「学会賞」という名称のゆえに、この学会を代表するようなレベルの論文でないと、賞の授与決定に躊躇を感じる、という意見が出されました。もしもそのような理由から「受賞者なし」ということが頻繁に起こるとすれば、本末転倒であるため、賞の名称の変更(例えば「奨励賞」)を検討するよう、理事会に申し入れることとしました。

選考委員会
委員長 丹治信春
委員  伊藤笏康、遠藤隆、田中一之、山脇直司、渡辺恒夫

2005年度学会賞選考結果

2005年度学会賞受賞者が評議員会(2006年6月17日於:電気通信大学)で承認され、伊勢田哲治氏および前田高弘氏が選ばれました。受賞対象論文は、伊勢田氏が"Near Triviality of Conclusive Reasons"(Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol.14 No.1 pp.1~20)、前田氏が「ディスポジションと第一・第二性質の区別の基礎」(『科学基礎論研究105号』pp.69~77)で、年次総会において賞状並びに副賞が授与されました。
選考過程・受賞理由については以下の通りです。

選考過程報告
一般会員からは2通の推薦書が事務局に届いておりました。その扱いについては、 選考委員会(以下、単に委員会と略記します)は、参考意見としてうかがうことにしました。(ちなみに、その2通の推薦書のうち1通は、今回授賞候補に決まった論文を推薦していました。)
委員会ではまず、各委員がそれぞれの論文についてコメントを述べ、どの論文を推薦するかについて意見交換を行いました。いずれの論文についてもかなり子細に及ぶ コメントが出ましたが、最終的に、委員全員が一致して肯定的な評価を下した2本の論文(伊勢田論文と前田論文)が候補として残りました。次に、このこの2つの論文のいずれに絞るかという議論を重ねましたが、いずれも甲乙つけがたく、今回は、この二本の論文を学会賞授賞候補論文とするとの結論に至りました。なお、審査においては査読時の所見も参考に致しました。

授賞理由
伊勢田論文は、あるタイプの外在主義的知識概念分析に対する既存の批判が外在主義者からの反論に耐ええないことを示した上で、それでもなお、そのような外在主義者の分析が致命的な欠陥を持っていることを論証しています。その論証は十分説得的であり、そのタイプの外在主義的知識論がかなりの支持を得ている現在、非常に意義ある業績と判断されます。
前田論文はいわゆる第1性質と第2性質の区別をディスポジションのもつ相対性と絡めて議論し、その存在論的根源性を論証しています。もう少し論じて貰いたいと思われる点がないではありませんが、読む者の興味をそそる緻密な議論を展開しており、第1性質と第2性質の区別の問題に一石を投じる業績と判断されます。

選考委員会
委員長 服部裕幸
委員  丹治信春、渡辺恒夫、田中一之、石垣寿郎、山脇直司

2004年度学会賞選考結果

今年度は授賞論文(候補)無し

選考過程報告
今回対象となった論文は6篇でした。一般会員からは4通の推薦書が事務局に届いておりました。その扱いについては、私たち委員会(以下、単に委員会と略記します)は、参考意見としてうかがうことにしました。(その4通の推薦書は二つの論文を推薦していました。以下に述べるように、どちらの論文も各委員が集中的に議論した論文の中に含まれていました。)
委員会ではまず、各委員がそれぞれの論文についてコメントを述べ、どの論文を推薦するかについて意見交換を行いました。いずれの論文についてもかなり厳しいコメントが出ましたが、学会賞創設の趣旨に照らしつつ、主として4篇の論文(以下、A、B、C、Dと呼びます)を中心に議論を重ねました。ちなみに、そのうちの2篇は一般会員4名からも推薦されていました。この4篇のうち、まずA論文とB論文について議論いたしました。A論文については、著者の独創性がどこにあるかが明らかでないという短所を上回る長所がない、B論文については、論証の適切さ、正確さに疑問が残り、着想の面白さを十分に生かしきれていない、などの意見が支配的でした。つぎにC論文とD論文の議論に移りました。どちらも、新鮮な視点を出そうとしている点は評価できるものの、全体として著者のスタンスが明確でなかったり、論証の弱さが目立ったり、論文の現代的意義が必ずしも明らかでないといった短所も無視できませんでした。その後、最終的に優劣をつけるとすればどれがすぐれているか、を長時間検討しました。その段階では、査読時の所見も参考に致しました。また、昨年度の学会賞授賞論文との比較も行いました。その結果、全員一致して、今回は授賞論文(候補)無しとする、という結論に至りました。

選考委員会
委員長 服部裕幸
委員  村上陽一郎、西川泰夫、難波完爾、石垣寿郎、柳生孝昭、中島敏幸

学会賞第1回授賞者の発表について

2003年度学会賞授賞者が評議員会(2004年6月19日於:聖心女子大学)で承認され、水本正晴氏が選ばれました。授賞対象論文は、”A Simple Nonmonotonic Logic as a Model for Belief Formation and Belief Change”(Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, Vol.12 No.1 pp.25~52)で、年会総会において賞状並びに副賞が授与されました。選考過程・授賞理由については以下の通りです。

選考過程
一般会員からは4通の推薦書が事務局に届いておりました。その扱いについては、私たちの委員会(以下、単に委員会と略記します)は、参考意見としてうかがうことにしました。(以下に述べるように、結果的には、その4通の推薦書が推薦する2つの候補論文が、委員各自の判断による第一次の選考で推薦された2つの候補論文と一致しました。)
委員会ではまず、各委員が、どの論文を推薦するか、の意見交換を行いました。かなり厳しい意見も出ましたが、学会賞創設の趣旨に照らして、最終的に2つの論文(以下A、Bと呼びます)を中心に議論を重ねました。ちなみに、この2つの論文は一般会員による推薦の結果(2名はAを推薦、他の2名はBを推薦)とも一致しました。次に、この2つのうち優劣をつけるとすればどちらがすぐれているかを検討しました。その段階では査読時の所見も参考に致しました。その結果、全員一致して、A(水本氏の論文)を授賞論文(候補)とするという結論に達しました。

授賞理由
水本氏の論文は、情報と事実を区別し、情報を事実として同定する過程として信念形成をとらえることによって、信念改訂の論理的メカニズムを明らかにしようという、かなり独創的なアイディアの展開を試みております。のみならず、それの具体的な論理的定式化をも試みています。今後詰めなければならない点も残っており、完成されたものとは言えませんが、非常に刺激的な論文であり、科学基礎論の今後の発展に寄与するところが少なくないと判断されます。また、著者の研究の今後の発展も多いに期待できると判断し、委員会は今回の結論に達しました。

学会賞選考委員長:服部裕幸
学会賞選考委員:石垣壽郎・中島敏幸・難波完爾・西川泰夫・村上陽一郎・柳生孝昭